原子力資料情報室に行ってきました

☆メンバーOの感想

 

9月30日、曙橋の原子力資料情報室にてスタッフ・澤井正子さんのお話しを聞いてきました。(O他4名)
原子力資料室という名前から重厚なイメージを抱いていましたが、ジーパン姿で颯爽と現れた澤井さんは可愛い笑顔の気さくな方でした。
今取り組んでいる学校や保育園、幼稚園などに送る「秋のお願いメッセージ(給食や行事についての)」や会の活動についてアドバイスをもらいたいという趣旨でうかがいました。1時間半ほど放射能問題をざっくばらんにおしゃべりしました。
途中、福島の土と新宿の土のサンプルを持ってきてくださり、測ってもらいました。新宿の土は0.09。福島の土は、警告音が響き0.28μSv/hという数字が出ていました(測定を目的としたものじゃなかったので正確には測定しませんでした)。


秋のメッセージでもポイントになる暫定基準値の問題の話。

暫定基準値には科学的な根拠は何もない。放射能が降り注いだ後、食物の供給が行えるようにというだけのこと。今暫定基準値を下げる方向に動いてきている。下げなきゃいけない。
子どもを守るための行政等への働きかけはしつこく続けなければならない。
来春のスギ花粉は放射能が入っているんじゃないか?→放射能は目に見えない。何がどう関わってくるかわからない。すべてが放射能の恐怖に重なる。非常なストレスを今後何十年も抱えていくのだ。

自分の感想ですが、今、給食、瓦礫の問題、放射能をめぐるたくさんの課題が混在していますが、整理することはできないな、一つ一つにできる範囲で反応していく。それぞれの観点で考え続けていくしかないんだなと思いました。
チェルノブイリから長年この問題に取り組んできた原子力資料室は、ワイドな視野で大きく見つめている印象を受けました。質問があればメールでも直接来てもいい、いくらでも答えると仰ってくれました。心強いです。学習会の機会もつくれるといいですね。
ハツラツとした澤井さんは「生きてる」って感じがしました。不安なこと、困っていることはあっても、今私たちも子どもたちも生きている。ちゃんと命は燃えている。そのことを大切に元気にやっていきたいと思いました。

 

 

☆メンバーMの感想

  

私が原子力資料情報室でいちばん心に残ったのは

「これからのことを考えると、きちんとした知識を子ども達に
教えて、子ども達自身が被ばくを避けられるような知識を
持てるようにしていかなくてはいけない」
ということと
「汚染は避けられないので(除染しても放射性物質は“移動”するだけ
だし、長く残る。汚染のひどい地域は除染してもあまり下がらなかったり
する)国は広島の原爆手帳のようなものを作って、被爆者の健康被害を
補償するような制度を作るしかないのではないか。ただし、差別などを
恐れてそれをあえて申し出ない人もいるだろう」
という内容のお話しでした。

特に前半の「子ども達が~」という話、別の雑誌か何かでも
「子ども達に時計の読み方を教えるように線量計の読み方を教える時代が
くる」と書いてあった(それは多少あおりっぽい表現かもしれませんが)
のを思いだし、その必要性や重要性を感じるとともに、そんな時代に
子どもを育てていることを考えて、なんともいえない(思いっきり
泣きたい!?)気持ちになったのでした。

でも泣いていても放射能は去らないので、私たちは今は「不安なお母さん」
に向けて情報発信をしようとしているけれど、いずれ必ず「子ども達に
教える」っていうことが必要になるんだ、ということを強く感じました。
多分、今の中高生とかがそういう意味では「第一世代」になると思うので
国は当てにならなくても、まわりの大人からは大切に思われているとか
自分自身を大切に思う気持ちとかを絶対に失くさせてはいけないと
思いました。

 

 

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コメント: 1
  • #1

    Alger (日曜日, 22 7月 2012 07:08)

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